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実録 ウォーターゲート事件

やはり事件の背景がわかってると没入度が違うと思われるので、ウォーターゲート事件の一連の顛末を『映像の世紀』風に実際のカードと共に振り返ってみたいと思います

ぜひ山田孝之のナレーションを脳内再生してごらんください



<序章:リチャードになにが起こったのか>

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1969年1月20日に第37代アメリカ合衆国大統領に就任したリチャード・ニクソンは外交と内政で大きな成果をおさめ、その手腕を内外から高い評価を受けており、72年の大統領選挙においても、圧勝して再選を果たした

その2年後の8月8日の夜、ニクソンがホワイトハウスから全米の国民にテレビで声明を発表した

それは大統領の職を退任する、という表明だった

ニクソンになにが起こったのか・・・


<第一章:発端と疑念と新米記者>


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1972年6月17日、首都ワシントンD.C.のウォーターゲートビル民主党全国委員会本部オフィスに侵入していた5人組の男が不法侵入の罪で逮捕された。それが始まりだった

入社してまだ日が浅いワシントン・ポスト紙の社会部記者ボブ・ウッドワードは社会部部長から、この不法侵入事件の法廷取材を命じられる

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ただの窃盗事件だと思っていたが、容疑者らは多額の所持金や無線機、カメラなどを所有していた。しかも予審が行われる裁判所に、なぜか共和党系の弁護士が傍聴に来ていた

そして容疑者の1人が元CIAの工作員であり、ニクソン大統領再選委員会の警備主任ジェームズ・マッコードであることが判明する
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さらには実行犯の1人の手帳にホワイトハウス顧問チャールズ・コルソンと、ハワード・ハントの名前があり、WHというメモ書きがあった
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WH・・・ホワイトハウスである
この事件とホワイトハウスの繋がりはいったいなんなのか。ウッドワードは、さらに調査を進めていく

またポスト紙ベテラン記者カール・バーンスタインも、この事件に興味を示しウッドワードと2人で事件の真相を追うことになる
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民主党本部に侵入した男たちの背後にホワイトハウスの顧問を務める人物が関わっているのではないかという疑惑が世間を騒がせる

これに対し6月19日にニクソン大統領の報道担当官ロナルド・ジーグラーは、三流のコソ泥(third rate burglary)とコメントして、ホワイトハウスとは無関係であるとして一蹴した。
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また6月22日には大統領が「いかなることにせよ、この特殊な事件にホワイトハウスは関係していない」と声明を出している。先手を打ってきたのだ(仕掛けの一手)
08_20200621000021e7b.jpg仕掛けの一手


バーンスタインとウッドワードは、情報提供者たちへの取材を元に侵入事件とホワイトハウスが繋がる情報をかき集めて記事を書き上げるが、それを見た編集局長ベン・ブラッドリー「証言の裏が取れない内は掲載を認めない」と突き返した
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<第二章:行き詰り>

しかしこの裏では、大統領再選委員会委員長ジョン・ミッチェル、法律顧問のジョン・ディーンらニクソン陣営が集まり、盗聴計画書面の裁断など、もみ消し工作を始めていた
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一方、

事件当夜、ウォーターゲートビルでもたもたしている侵入犯たちに通信機で警察が突入してくることを警告していた男がいた。しかし無線機は通じておらず、目の前で侵入犯たちが逮捕されるのを見ているしかなかった。


その男は盗聴作戦のサポート役であり、元FBIのエージェントであったアレフレッド・ボールドウィンである
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そのときドアがノックされ、ハワード・ハントが部屋に入ってきて彼にこう言った
「バンが川に落ちても気にするな。ここから荷物を持ち出してくれ」
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その部屋、ジョンソンホテル723号室には、向かいの民主党本部に仕掛けた盗聴器を受信するシステムが設置してあったのだ。ボールドウィンはハントの指示どおり、その部屋から不都合な”荷物”を持ち出して処分した


6月30日、

ワシントン連邦地方裁判所で大陪審が始まった。5人の被告は侵入したことは認めたが、誰に頼まれたのか、金銭はどこからもらったのかなどの背後関係については一切口を閉ざしていた

ところが5人の弁護を引き受けた若い弁護士が「私はハント氏ともう1人の人物から弁護を依頼されている」と証言するも、そのもう1人の人物が誰なのかは黙秘した。誰が弁護士を雇っているのか・・・
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情報提供者たちは次々に口をつぐんだ。
彼らになんらかの圧力があったのは間違いなかったが、2人の記者たちは行き詰ってしまう

そこでウッドワードは内部事情に詳しい男に密(ひそか)に連絡を取る
”ディープ・スロート”と呼ばれるその男はこれまでにもウッドワードにヒントを与え続けていた。
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彼は「金を追え」と助言する

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そして二人の記者たちは、事件関係資料の中に犯人たちに支払われた高額の小切手があり、その差出人がニクソン再選委員会であったことをついに突き止めるのであった


<第三章:捨て駒戦略>

「ニクソン再選委の秘密選挙資金が30万ドルに上る」(9月17日)[13]、「ミッチェル前司法長官は在職中から秘密資金を管理していた」(9月29日)[13]、「ウォーターゲート事件は共和党の選挙妨害の1つに過ぎず、秘密資金は35?70万ドルにのぼる」[13]「大統領補佐官が民主党妨害工作に関与、FBI捜査で明らかに」(10月10日)、「秘密資金の支出を管理するメンバーにハルデマン補佐官が」  (10月25日)、などスクープを連発


ところが事件から半年が過ぎ、世間の反応はほとんどなかった。
そもそも犯人たちは下っ端のコソ泥で、政府中枢とは無関係だとみられていたのだ

その結果、11月の大統領選には影響はなく、ニクソンの圧勝に終わり、2期めに突入した。
ニクソンは華々しい雰囲気に包まれたのだ
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バーンスタインは再選委員会の簿記係の女性から、資金の流れを管理していた5人の名前を聞きだす。その中でバーンスタインとウッドワードはヒュー・スローンに直接話を聞きにいく
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スローンは口が重かったが、再選委員会が巨額の使途不明金を扱っており、その人事にはホワイトハウスからの指示があったと証言する


2人の調査でニクソン再選委員会が、ウォーターゲート事件の1年前にも、民主党の大統領選候補の妨害工作に資金を調達していたことを掴む。
この一件には大統領の首席補佐官H. R. ハルデマンが指令を出している疑いが強かった
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しかしアメリカ第2の権力者H. R. ハルデマンの名前を書く重大さに、編集局では議論が沸騰ししていた。


そしてポストはニクソン側近(ハルデマン)が機密費関与との証言」と、二人の書いた記事を載せたが、ホワイトハウスは、その報道が誤報だと強く非難した

情報源の信ぴょう性を確認すると、取材対象だった誰もが「あれは勘違いだった」と証言をひっくり返していったのだ

ニクソン陣営によるもみ消し工作なのは明らかであった・・・


司法長官ジョン・ミッチェルの妻であるマーサ・ミッチェルは、ウォーターゲート事件の犠牲者の一人である。 
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マーサは「“the mouth of the south(南部人のようなおしゃべりの意)」と呼ばれるほど外向的な公人だったが、夫の仕事の内部事情などをマスコミ関係者に漏らすなど、ミッチェルにとっては頭の痛い存在であった

そしてウォーターゲート事件と再選委員会との関係がマーサから漏れるのを怖れたミッチェルは、ほとぼりが冷めるまで妻をホテルに軟禁しようとする。
しかし、夫の同僚(マッコード)が事件の容疑者だと知ったマーサは、知り合いの記者に連絡しているところを取り押さえられ、精神科医によって沈静させられた

なんとかマーサから事情を聴きだそうとするマスコミに対して、ニクソンは「彼女には飲酒問題がある」と、事実とは違うコメントを出した


<第四章:配管工>

そもそも、なぜニクソン陣営が民主党本部の盗聴を行ったのか

1972年のウォーターゲート事件の時点では、東西の緊張緩和(米ソデタント)を迎えニクソンの外交戦略が功を奏し、内政も順調でベトナム戦争の終わりも見えてきた頃である。

しかも72年大統領選挙ではライバル候補者が次々と失速し、ニクソンの当選は確実視されていた。わざわざ敵陣営を盗聴するなどのスパイ行為をする意味がない、と考えられていたのだ

ニクソン政権になってから内部からの情報漏れによる報道によって外交政策や外交交渉に影響を受ける事態を苦々しく思ったホワイトハウスは、1969年に特定の記者や国家安全保障関係者の電話盗聴をFBI命じた。

そして1971年に国防総省秘密文書(ペンタゴン・ペーパーズ)がニューヨーク・タイムズにリークされてスクープされた。
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そこで政府部内からの情報漏洩を防ぐために作ったチームが、The White House Plumbers(英語版)(別名:配管工、plumber unit)と呼ばれる特別調査ユニットであった。

情報漏洩調査の対象は、当初のベトナム戦争反戦運動活動家や報道関係者からホワイトハウス職員、そして民主党員に広がる。
ゴードン・リディおよびハワード・ハントは、彼らに対して工作をおこなう中心人物だったのである。
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つまりウォーターゲート事件は、連綿と続いてきたニクソン陣営によるスパイ活動のほんの氷山の一角、という位置付けなのである

そして72年2月、鉛管工グループの一人リディーはウォータゲートの民主党本部への侵入をふくむジェムストーン作戦を立案する
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ジョン・アーリックマン大統領補佐官首席補佐官ハルデマン、そして法律顧問のジョン・ディーンらはCIAやFBIに対して懐柔、および事件への捜査中止の圧力をかけるが「政府とは一線を画した組織である」ことを理由に、どちらの組織もホワイトハウスからの打診をはねつける
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<第五章:爆弾発言>

1973年1月8日に、リディとハントを加えた侵入犯被告7人(ウォーターゲート・セブン)は大陪審にかけられて、マッコードとリディ以外の全員が有罪を認めた。
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そしてマッコード、次第にCIAの単独工作ということで政府が自分を主犯格にして幕を引く動きであることを察知して、自ら大統領再選委員会との関係と偽証を認め、翌3月24日に上院特別調査委員会で「盗聴計画はミッチェル、ディーン、マグルーダーの3名が事前に承認を与えた」という爆弾発言をおこなった


マッコードの上院での爆弾証言を契機に国民や議会からも批判が高まり、ニューズウィーク誌がディーン、マッコード、リディらがウォーターゲート事件の関係者だったことをスクープ

ディーンは政府が自分をトカゲの尻尾のように切捨てようとしていることを知り「ニクソン大統領はもみ消し工作を知っていた」と証言し、法律顧問を解雇された
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上院ウォーターゲート特別委員会が設けられたのは1973年2月7日である。
この公聴会は当時全米の3大テレビネットワークだったNBC・ABC・CBSによる連日のテレビ中継によって、ニクソン政権の内情が白日の下に晒された。

関係者が次々と証人として喚問されディーンは「大統領制をガンがむしばんでいる」と証言した
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そして7月13日での特別委員会に出席したアレクサンダー・バターフィールド大統領副補佐官「大統領執務室には自動録音システムがあり、その録音テープが存在する」と証言
 24.jpg録音テープ

この録音テープの存在が公開されると、それまでの発言との食い違いが発覚し自身に不利になることを恐れたニクソン大統領は「国家の安全保障にかかわる」という理由で提出を拒否した。



<第六章:録音テープをめぐる攻防と終幕>

1973年10月20日の土曜日

ニクソンは録音テープの提出命令を無効にするように側近を通じて画策するが特別委員会はこれを拒否するも、とうとう特別検察官を解任する

特別検察官を力で押さえつけたと同時に、閣僚でもあった司法長官と次官を抗議辞任に追いやった出来事はのちに「土曜日の夜の虐殺」と呼ばれることになる
         土曜日

そしてこの強権発動によりニクソン非難の嵐が全米に吹き荒れ、議会で大統領弾劾の動きが始まることとなる
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特別検察官の突然の解任の反発が余りに大きかったために、ニクソンは録音テープの一部を連邦地裁に提出する。
その中の1本に18分30秒の消去された部分があることも判明し世論の疑惑を引き起こしたが、ホワイトハウスは、ニクソンの秘書だったローズ・メアリー・ウッズ電話応答の際に誤って録音機につけたペダルを踏んでテープを消去したと説明した
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だが、ウッズが電話に出ながらペダルを踏むには、体操選手のように手足を伸ばさなければならないなど相当無理な姿勢になることを追求され、ウッズ本人が実際にその様子を再現する、という茶番劇が話題となった
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ニクソンは7月30日に64巻のテープを提出。それはニクソンにとって政治生命の致命傷となるものであった。
このウォーターゲート事件の後半の時期はほとんどが録音テープに関する争いであった。

侵入のわずか数日後に記録されたテープの中でニクソンとハルデマンは国家安全保障に対する問題を捏造することや、事件のもみ消しの指示などが発覚。テープは「決定的証拠(smoking gun)」と呼ばれた。
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こうした中で4月に入って過去の脱税行為が明らかになったり、公開された録音テープの中で大統領が普段の会話で汚い言葉を使っていることと策謀をめぐらしている様子がまざまざと示されたりして国民の不信感は高まり、ニクソンは急激に失速していく

そして8月7日にニクソン大統領は、自らの意思で辞任を決定した。
大統領特別恩赦によりニクソンは以後一切の捜査や裁判を免れたが、恩赦を受けることは有罪を認めることを意味していた。

フランクリン・ルーズベルト以来の大統領は会話の多くを記録した。しかし、ウォーターゲート事件の後にこのような記録の実行は事実上存在しなくなった。
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<終章:ペンと剣>

アメリカ・ジャーナリズム史に残ると言われるポスト紙のウォーターゲート事件報道は1973年にピュリッツァー賞を受賞する
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ウォーターゲート事件は、マスメディアが政治家の活動について報告することにはるかに精力的になる新時代に結びついたのだった

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           <The End>


このエントリは以下の記事を(大いに)参考にしました

◇ウォーターゲート事件 Wikipedia
◇ウォーターゲート事件 http://www.maedafamily.com/kanren/watergate.htm
◇レビュー・アン・ローズのブログ記事:
・実話映画『大統領の陰謀』ワシントン・ポストVSニクソン・再現ストーリー/あらすじ・ネタバレ・ラスト
・「ウォーターゲート事件」詳細年表/映画『大統領の陰謀』解説・実話・史実紹介
 http://www.reviewanrose.tokyo/article/459078260.html







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流星キック1998

Author:流星キック1998
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